第五章:待ち伏せる重装甲(野盗の頭領)
「おいおい、綺麗な嬢ちゃんたちが揃いも揃ってこんな寂れた街道を歩くなんて、物好きにもほどがあるなぁ?」
るりが察知した違和感の正体は、茂みの奥から這い出るようにして現れた、総勢十数名におよぶ不気味な男たちの集団だった。 一目でそれと分かる、新人冒険者や旅人を専門に狙う悪質な「野盗の群れ」。彼らはそれぞれ錆びついた斧や鉈を手に、下卑た笑みを浮かべながら私たちの進路を完全に塞ぐように囲んできた。
そして、その中央から一歩前に歩み出てきた男を見た瞬間、私たちの間に冷たい緊張が走る。
「……ッ、前衛は下がれ! あいつ、ただの野盗じゃねえぞ!」 じっぱーが解りやすく声を荒らげ、長剣の切っ先をその男へと向けた。
男は、周囲の野盗とは明らかに一線を画す、全身を分厚い鉄板で覆った「重装甲のフルプレートアーマー」を身にまとっていた。手にするのは、人間の胴体ほどもある巨大なバトルアックス。頭部まで完全に鉄の兜で覆ったその姿は、新米の私たちがこれまで戦ってきたどの魔獣よりも威圧感に満ちていた。
「へへ、俺がこの『鉄壁のガザル』様だ。お前たちの持っている金目のものと、その美味そうな食料をすべて置いていきな。抵抗するってんなら、その自慢の可愛い顔をご自慢の斧で叩き潰してやるがね!」
「させるわけ、ないじゃない……! 『プロボーク』!!」 えるが叫び、白銀の盾を激しく叩いてガザルの敵意を引きつける。 重装甲の頭領は「ふん、小娘が」と鼻で笑い、凄まじい地響きを立てて突撃してきた。
ガギィィィィン!!!
大盾と巨大な斧が正面から激突し、火花が激しく散る。えるは歯を食いしばって耐えるが、ガザルの圧倒的な筋力と装甲の重量に押され、その細い足がずるずると後方へ引きずられていく。
「えるを援護するわ! 『ファイアボール』!!」 ないとが即座に詠唱を完了し、ガザルの胸元へ向けて爆炎の弾丸を放った。ドガァンと激しい爆発が巻き起こり、黒煙が頭領の体を包み込む。
しかし――煙の向こうから現れたのは、煤で少し黒くなっただけの、無傷の鉄の鎧だった。
「嘘……!? 私の魔法が、完全に弾かれた……!?」ないとが息を呑む。 「だったら、俺の物理でどうだぁっ!」 じっぱーがガザルの死角へと回り込み、鎧の隙間を狙って鋭い一撃を突き立てた。しかし、キィィンと高い金属音が響くだけで、長剣の刃は分厚い装甲を傷つけることすらできず、弾き返されてしまう。
「がははは! 無駄だ無駄だ! この俺の『鉄壁の鎧』は、並の剣も魔法も一切通さん!」 ガザルが大きく斧を振り回し、じっぱーを強引に弾き飛ばした。さらに、体勢を崩したえるの盾の隙間を狙って、強烈な蹴りを叩き込む。
「きゃああっ!?」 えるの大盾が大きく跳ね上げられ、完全な無防備な状態のまま、ガザルの巨大な斧が彼女の脳めがけて振り下ろされようとしていた。
「えるさん!! 『ヒール』!!」 私は夢中で聖杖を突き出し、光の治癒をえるに飛ばすと同時に、声を限りに叫んだ。 「神聖なる光よ、戦士の刃に宿れ――『ブレッシング』!!」
まばゆい金色の光がじっぱーの剣に宿り、攻撃力が跳ね上がる。じっぱーは折れかけた体に鞭打って跳躍し、ガザルの斧の軌道を長剣で強引に受け流して、えるの命をミリ単位で救い出した。しかし、じっぱーの長剣も激しい負荷に悲鳴を上げ、刃が大きく身をよじらせる。
「クソッ、弱点がない……! どこを斬っても硬すぎるし、魔法も効かねえ!」じっぱーが顔の血を拭いながら絶望の声を上げた。
前衛の二人はすでに満身創痍。背後の野盗の部下たちも、じわじわと後衛の魔法組との距離を詰めてきている。完全な包囲網と、無敵の重装甲。絶体絶命のピンチが、私たちの心を支配しかけた、その時だった。
「……ううん、弱点なら、あるよ」
るりの静かで、けれど確信に満ちた声が戦場に響いた。彼女の鋭い観察眼は、先ほどないとが放った魔法の『焦げ跡』と、じっぱーが斬りつけた『衝撃の瞬間』をじっと見逃さずに観察していた。
「ガザルが動くたびに、右の肩口と、腰の関節の繋ぎ目から……細かい『茶色の粉』が落ちてる。あの鎧、手入れされてなくて、内部の可動部分が完全に錆びついてるんだよ……!」
「錆び……? 関節が錆びてるってことか!?」じっぱーが目を輝かせる。
「うん! ないとちゃん、あの右肩の繋ぎ目を、狙い澄まして一番熱い炎で焼き抜いて! 錆びた鉄なら、急激な高熱で膨張して完全にロックされるはず!」
「なるほどね……! るり、最高の観察眼よ!」 ないとが再び不敵な笑みを取り戻し、両手に最大級の魔力を練り上げる。 「新米だからって、舐めてんじゃないわよ! 『ファイアボルト・バースト』!!」
るりの指示通り、放たれた一本の極めて鋭い炎の矢が、ガザルの右肩の装甲のわずかな「継ぎ目」へと正確に突き刺さった。
「グ、グアアアッ!? 何をしやがる!」 ガザルが怒声を上げるが、その瞬間、内部の錆びた金属が熱膨張を起こし、ギギギギギギッという悍ましい金属摩擦音とともに、彼の右腕が斧を構えたままピきりと完全に凍りついたように動かなくなった。
「腕が……動かん!? バカなっ!」
「今だよ、じっぱーさん!!」私は叫び、残ったすべての魔力を込めてじっぱーの背中を押した。 「『ブレッシング』、最大出力です!!」
「おっしゃあああ! もらったぁぁぁっ!!」 じっぱーが地を蹴り、黄金の光をまとう長剣を大上段に構えた。 右腕がロックされ、完全に防御姿勢を取れなくなったガザルの胸元――そこへ、じっぱーの全力の一撃が叩き込まれる。
ドガァァァァン!!!
ブレッシングの爆発的な威力強化を得たその一撃は、無敵を誇ったガザルのチェストプレートを中央から真っ二つに叩き割り、重装甲の巨体を後ろの茂みへと激しく吹き飛ばした。
「が、ガザル様がやられたぞォッ!?」 「ひ、開いた口が塞がらねえ……逃げろ、逃げろッ!!」
頭領が一撃で沈んだのを見た部下の野盗たちは、戦意を完全に喪失し、蜘蛛の子を散らすように街道の奥へと逃げ去っていった。
「はぁ……はぁ……、マジで生きた心地がしなかったぜ……」 じっぱーが刃の完全に潰れた長剣を地面に突き立て、その場にへたり込んだ。
「nonoちゃん、るりちゃん、ありがとう……! 私、また守られたよぉ……」 えるが大盾を投げ出し、涙目で私の服に抱きついてくる。
「ふん、るりの目と、nonoのバフがあってこその私の魔法ね。まぁ、あの鉄クズ野郎を黒焦げにできてスッキリしたわ」ないとが杖を肩に担ぎ、満足そうに胸を張った。
「ふふ、ないとちゃんも大活躍だったよ。みんな、怪我を治そうね」るりが優しく微笑み、私の隣でみんなの顔を見渡す。
お互いが誰一人として諦めず、それぞれの役割を全うし、繋ぎ合ったからこその大逆転。 私たちは互いの無事を喜び合いながら、再びマールケンへと続く街道を歩み始めた。新米の不揃いなステップは、この死闘を経て、さらに力強い足取りへと変わっていた。
しかし、この街道での勝利すら、港町で私たちを待ち受ける「王宮宛ての怪しい木箱」と「消えた船員」を巡る、壮大な陰謀の渦の入り口に過ぎなかったのだ。