第四章:港町マールケンへの街道
レイザーウルフの群れとの死闘を乗り越えた私たちは、泥と草の匂いが染みついた衣服を宿場町で新調し、再び目的地である港町マールケンへの街道を歩いていた。
「ふあぁ……。それにしても、平原を抜けると一気に景色が変わるわね。潮の匂いが少しずつ近くなってきた気がするわ」
ないとが両手を大きく広げて、街道に吹き抜ける柔らかな風を浴びながら呟いた。金髪の髪が陽光に透けて輝いている。ウルフ戦での焦りはどこへやら、彼女の表情には本来の自信に満ちた明るさが戻っていた。
「うん……。マールケンは大きな港町だから、珍しい魔導書や、遠い異国の珍味もたくさん集まるって聞いたよ。楽しみだね、ないとちゃん」 るりがおっとりとした笑みを浮かべ、大切そうに抱えた魔導書の位置を直す。
「珍味かぁ! 私、お腹いっぱい美味しいものを食べたいな。あ、でも、まずはえるちゃんの新しい盾を探さなきゃ、だよね」 えるが白銀の鎧をガシャガシャと鳴らしながら、私の顔を覗き込んできた。ウルフの爪で傷だらけになった彼女のカイトシールドは、町の鍛冶屋で応急処置をしたものの、いまだに痛々しい引っかき傷が残っている。
「そうだね、えるさん。みんなの命を守る大切な盾だもん。マールケンに着いたら、一番に最高に頑丈な盾を売り場で見つけようね」 私は聖杖を握り直し、隣を歩くえるさんに微笑みかけた。
私たちのスキルや魔法は、まだ新米の域を出ない。けれど、あのウルフ戦を経て、私たちは確実に「お互いの背中を預け合う」という感覚を掴み始めていた。私のブレッシングがみんなの力を引き出し、るりの目が隙を見つけ、ないとが焼き尽くし、えるが護り、じっぱーが斬る。バラバラだったピースが、少しずつ噛み合い始めている実感が、私たちの足取りを軽くさせていた。
「おいおい、女の子チームはのんきで羨ましいねぇ。こちとら、いつまた魔獣が飛び出してくるかヒヤヒヤしながら前線を見てるってのにさ」
街道の少し先、油断なく周囲の草むらに視線を走らせていたじっぱーが、長剣を肩に担ぎながら振り返ってニヤリと笑った。口調こそ軽薄だが、その歩き方はいつでも抜刀できるよう絶妙に重心がコントロールされている。
「なによじっぱー、あんたが頼りがいのある前衛を見せてくれないと、次の戦闘でブレッシングをあげるのをnonoに止めさせちゃうわよ?」 ないとが不敵にからかう。
「勘弁してくれよ! nonoちゃんのバフがなきゃ、俺の剣じゃウルフの皮一枚すら満足に破れねえって。なぁ、nonoちゃん、ないとが意地悪言っても俺には光をちょうだいね?」 「あはは、ちゃんと考えますね」
じっぱーの情けない懇願に、私たちは一斉に吹き出した。 たまたま寂れた酒場で出会っただけの5人。けれど、今はもう、このメンバー以外での旅なんて想像もつかないほど、私たちの絆は深まっていた。
しかし、そんな私たちの和やかな空気を切り裂くように、るりが突然、その場に足を止めた。
「……みんな、待って。何か、おかしい」
るりの声は小さかったが、その中には明確な緊張が混ざっていた。彼女の鋭い観察眼が、街道の先にある不自然な違和感を捉えていた。
「鳥の声が……さっきから完全に止まってる。それに、あそこの茂み……風の向きと違う方向に、わずかに揺れた……っ!」
るりの指摘に、じっぱーが瞬時に長剣を構え、えるが私の前に大盾を出して立ちはだかる。ないとが即座に詠唱の構えを取り、私もまた、聖杖に魔力を込めた。
街道の左右を囲む深い茂みの奥から、ガサガサと不穏な音が響く。 マールケンへと続く比較的安全なはずのこの街道で、私たちを待ち受けているのは、野生の魔獣か、それとも――。
平和な旅路の終わりを告げるように、不気味な足音が、私たちのすぐ側まで迫りつつあった。